ベトナム語を勉強し始めて最初に突き当たるややこしい壁の一つが
~ có phải là ~ không?
という見慣れぬ形の疑問文です。私はまず最初の3単語が覚えられないわ、そこを覚えた後も最後のkhôngを入れ忘れるわでこの形になれるまでにだいぶ苦労しました。動詞文や形容詞文との区別も序盤は混乱していた記憶があります。
この記事ではベトナム語名詞疑問文がなんでこんなヤヤコシイ形なのか私なりに考察してみたいと思います。
なお、この記事はベトナム語文法の序盤、名詞文、形容詞文、動詞文を一通り学習した人向けです。後半にはやや高度な文法も絡んできますが、現在進行形のđang文を知っていれば十分理解できるかと思います。
*注:本記事に記載されている内容は全て筆者の推測であり、何ら公的な根拠は確認しておりません。
名詞疑問文は形容詞疑問文の一種?
しょっぱなから
「名詞疑問文は形容詞疑問文の一種である」
という珍説をぶち上げたいと思います。
「名詞文なのに形容詞文?何を言っておるのだ?」
と思う方が多いと思いますが、この謎を解くカギは"phải"という単語にあります。 "phải" って何でしょう?辞書には色々な意味が載っているのですが、ここでは「正しい(英語でいえばright)」という意味の形容詞です。この知識をもとに、ある名詞疑問文について考えてみましょう。
Anh ấy có phải là sinh viên không?
この文章、よく見ると二つの文章に分解できそうな気がしませんか。私は↓のような2つの文章に分解してみました。
Anh ấy là sinh viên.
Có phải không?
それぞれの文の意味は簡単で、「彼は学生です。」という名詞肯定文と「正しいですか?」という形容詞疑問文です。つまり、不自然ながら"Anh ấy có phải là sinh viên không?"という文を無理やり直訳してみると、
彼が「学生である」ということは正しいですか?
という意味になります。ここで「彼が」だけ鍵かっこの外に出ている理由は、"Anh ấy"が"có phải ~ không?"の外に出ていて疑問の対象になっていないからです。この文ではあくまで「彼」という固定的な存在に対して「学生であるか否か」を問うているということです。
謎の語順は実は中国語の疑問文とそっくり?
さて、ここでは動詞文にも共通する形容詞文の"Có phải không?"のような疑問文の形がどこから来たのか考えてみましょう。
私が勝手に考えた結果、「中国語の疑問文と共通した形である」という結論に至りました。ベトナム語の話をしているのにいきなり中国語の話が出てきて意味が分からないという方もいるかと思います。しかしながら、ほとんどのベトナム語学習者の方は
「ベトナムはその昔中国の支配下にあったため、漢字文化の影響を強く受けている。日本語と共通する要素を利用すれば漢字語を学びやすい」
というような言説を一度は聞いたことがあるかと思います。そして、中国語が影響したのは何も単語だけではなかった、というのが私の考えです。具体的に見ていきましょう。以下に中国語の形容詞文の一例を挙げます。
好不好?(hao bu hao?)
厳密には読み方の表記はこれでは正しくありませんが、ここではこれでよしとします。さて、意味を説明すると、「好」は「良い(英語のfineとかに相当)」、「不」はベトナム語の"không"に該当します。つまり、この文は「好(良い)」と「不好(良くない)」を並べて「良いですか?良くないですか?」という疑問文を作っているわけです。中国語の疑問文にはこれとは他の書き方もありますが、ここでは割愛します。
さて、ベトナム語でこれと同じ形で先ほどのphảiを使って「正しいですか?正しくないですか?」という文章を作ってみましょう。
Phải không phải?
これは本当に形だけそのまま訳したものですが、ここに「ベトナム語では形容詞文であれ動詞文であれとにかく疑問詞を使わない疑問文ならcóをつける」という決まり(ベトナム語ではほぼ全ての疑問文で疑問部分の最初にcóがつきます)を適用して、
Có phải không phải?
という形にしてみます。もうお気づきの方もいると思いますが、ここで2回も出てきてる"phải"のうち2つ目を省略してやるとあら不思議、
Có phải không?
とベトナム語の形容詞疑問文そのままの形になります。要するに、"có ~ không?"という形のベトナム語の疑問文は全て「~なのか、~でないのか?」という形の疑問文から2つ目の重複部分を省略したものと考えることができるのです。
そんなにメチャクチャなコジツケではないと個人的には思うのですが、いかがでしょうか。
肯定の返事はなぜ"Vâng"なのか
さて、「ベトナム語の名詞疑問文のヤヤコシイ形は実は中国語と共通する形容詞疑問文の一種ではないか?」という仮説を検証してきました。ここで一つ、おかしな点が出てきます。それは
「形容詞疑問文なら『はい』にあたる単語が"có"でなければおかしい」
ということです。ベトナム語の名詞疑問文を肯定する返事は"vâng"ですから、これは矛盾です。というわけでこの答え方の違いがどこから来ているのか考察してみます。まずは以下の疑問文とその回答をご覧ください。
Anh ấy có phải là sinh viên không?
Có, anh ấy phải là sinh viên.
Không, anh ấy không phải là sinh viên.
読んでわかる通り、2つ目の肯定の回答文は正しいベトナム語ではありません。ここでは形容詞疑問文の回答の仕方をそのまま当てはめたものを書きました。否定の回答文を見ると、形容詞文の解釈でも文法的に問題ないものができていることが分かります。というわけで、ここでは肯定の回答文についてみていきましょう。
まず、"phải là"って必要でしょうか。何しろ普通の肯定文ではlàだけで「彼は学生です」という意味になるのですから、わざわざ一語余計につけるというのは煩雑です。これがあってもなくても「彼=学生(ということは正しい)」という内容に変わりはないので、このphảiはカットしても問題なさそうです。そうすると以下のようになります。
Có, anh ấy là sinh viên.
これでもう問題ないじゃん、と思わなくてもないですが、これでもまだ問題があります。というのも、cóという語は修飾できる品詞がかなり限られています。何しろ過去形や未来形のđãやsẽ、現在進行形のđangなど、基本的な時制を示す語でさえもcóの適用対象外であり、làも適用対象外である可能性が高いです。何しろこのlàは繋辞というかなり特殊な品詞でありますから。ちなみにこの種類に属する単語はベトナム語全単語中見渡してもlàしかありません。例外中の例外ですから、ほぼ確実にcóの適用対象外と言っても良いでしょう。そんなわけで返事にもこれが使えません。そこで「この空席を埋めるために用意された単語が"vâng"である」というのが私の予想です。
ここまで引っ張ってきた論を全て当てはめると、ようやく以下の正当ベトナム語の会話文が成立します。
Anh ấy có phải là sinh viên không? Vâng, anh ấy là sinh viên. Không, anh ấy không phải là sinh viên.
この形は他の構文にも応用可能?
かなり長々と推論を述べてきましたが、ここでもう一つ考えてみます。前項で「かなりの品詞がcóの対象外」と述べました。先ほど挙げた例、 過去形や未来形のđãやsẽ、現在進行形のđang を使った文の疑問文がどのようになっているか確認してみると以下のようになります。
Anh ấy đã học.(彼は勉強しました)-過去
Anh ấy có học không?(彼は勉強しましたか?)
Anh ấy sẽ học.(彼は勉強する予定です)-未来
Anh ấy có học không.(彼は勉強する予定ですか?)
Anh ấy đang học.(彼は勉強しているところです)-現在進行
Có phải anh ây đang học không?(彼は勉強しているところですか?)
ベトナム語学習者にはおなじみかと思いますが、なんとベトナム語には過去や未来を明確に示す疑問文は存在しません。全部現在形と同じになります。疑問を表すcóがこれらの単語を修飾できないからです。サポート対象外だから全部同じのを使ってちょ、ということです。実際には文脈や「昨日」「明日」とか時間を示す語で補って区別をするのですが、それで区切れるのは「過去、現在、未来」という程度のかなり大雑把な区切りだけです。
上で上げた現在進行形の他、「もうすぐ~する(英語でいうとおそらくbe about to~が該当)」、「~したばかり」などの細かいニュアンスを表す表現もやっぱりcóの適用対象外の語が使われており、じゃぁそれらの疑問文どうやって作るの?っていうとđangの例を見てもらえると分かる通り、
文章全体をCó phải ~ không? という形容詞文にブチ込む
というなかなかワイルドな方法で切り抜けています。ちなみに、これらの文に回答する際、肯定の返事は全て"vâng"です。例を見てみましょう。
Anh ấy đang học.(彼は勉強しているところです) Có phải anh ây đang học không?(彼は勉強しているところですか?) Vâng, anh ấy đang học.(はい、彼は勉強しているところです) Anh ấy sắp học.(彼はもうすぐ勉強します) Có phải anh ây sắp học không?(彼はもうすぐ勉強しますか?) Vâng, anh ấy sắp học. (はい、彼はもうすぐ勉強します) Anh ấy vừa học.(彼は勉強したばかりです) Có phải anh ây vừa học không?(彼は勉強したばかりですか?) Vâng, anh ấy vừa học.(はい、彼は勉強したばかりです。)
ここで、là文と違ってanh ấyもCó phải ~ không?に入っているのは、「彼」という要素も固定ではなくなったからです(例えば、勉強している人が「彼」ではない可能性もある)。
【結論】名詞疑問文の正体
さて、私が記事書き始めた当初に想定していたよりも遙かに長くなりましたが、結局この"~có phải là~ không?"という形は何だったのか?ということに対する結論をシンプルにまとめておきましょう。
"có~không?"という疑問文の形は中国語と共通の「~か、~でないか」という形に由来。 疑問文に使うcóは形容詞や動詞などの限られた品詞しか修飾できないため、 繋辞を使うlà文を「正しいか否か?」という文章に挿入した結果こういう形になった。 là文以外でもcóの適用対象外の文章はほとんどこの形で表現される。
と、こんな感じになりそうです。正直この推論が正しいのか正しくないのか(Có phải không?)は私にも分かりません。しかし、ベトナム語のあらゆる文法にに疑問文と否定文はついて回るので、この分類を覚えておくと個々の文型をかなり覚えやすくなるかと思います。
おまけ
考察の途中で出てきた
"Phải không phải?"
ですが、これの2つめのphảiを省略した形、"phải không?"は肯定文の最後につけると「~ですよね?」という確認の意味になります。私が「疑問文にはcóがつく」と推測したのはこれがきっかけです。cóをつけることで、" phải không? "が「確認」の意味から「明確な疑問」へと変化しているからです。