語学

翻訳者がいなくなる日

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タイトルを見てなんのこっちゃと思った方、「あっ、これよくありがちなAI翻訳盲信者の話だ!」と思った方など、様々な方がいるかと思います。

今回の記事テーマは「AIは人間の翻訳者を駆逐するか?」です。

結論

結論から申し上げますと、私の考えではかなりの割合の翻訳者が駆逐されます。

これだけ書くと、多くの方から、特に現役で翻訳者をしている方々から(何を隠そう私もその一人なのですが...)、「機械翻訳は完璧じゃない! 完璧な翻訳品質は人間じゃないと実現できない!!」という反論が飛んでくるかと思います。ええ、私もそう思います。仰る通りです。しかしながら、それでもなお「翻訳者」という職種はかなりの衰退を余儀なくされ、形を変えると私は考えています。

そのことに関しては後述しますが、まずは「翻訳者」という職業の区分について説明させてください。

翻訳を大別すると、この3種

翻訳、と一言で言っても大きく分けて3種類の翻訳が存在します。

文芸翻訳

映像翻訳

産業翻訳

の3種です。順に説明します。

文芸翻訳

翻訳とさほど縁がない方々が真っ先に思い浮かべるのが、この文芸翻訳かと思われます。つまり、小説やノンフィクション等々の一般書店に売っている本を翻訳する仕事です。そのイメージに反して、実はこの分野で生計を立てている翻訳者というのは後述する産業翻訳者と比べれば極一部であり、文芸翻訳だけで生活していくのは小説家が芥川賞取るのと同じレベルの難易度であるという噂まで聞いたことがあります。

語学能力が要求されるだけでなく、著者や物語の舞台の文化的バックグラウンドまで理解している必要があり、訳文にも文学的表現が要求されるなど、かなりハイレベルで機械翻訳には代替されないと考えられている分野でもあります。

映像翻訳

Netflixなどの興隆により、昨今さらに重要性が増えてきたと言われているのがこの映像翻訳です。おそらく説明するまでもありませんが、テレビやネット動画で外国語が話されている時に画面の下とか上とかに表示されている日本語字幕、ずばりあれです。

この映像翻訳というのは文芸翻訳以上にトリッキーです。というのも、外国語で話されている内容を全て訳文に入れることはできないからです。動画で見る都合上、視聴者が2秒以内に読み終わる文字数に収めないといけないなどの種々の制約があります。そのため、実際話されている内容をかなり端折って簡略化したり、日本語として不自然じゃない表現で再構成するなどして、原文とはだいぶかけ離れた訳文になることも多々あります。

そのような特徴故、機械による代替は文芸翻訳以上に難しいと思われます。

産業翻訳

全翻訳の80%以上を占めていると私が勝手に考えているのがこの産業翻訳であります。私もこの分野の訳者だったりします。これの占める範囲は広範囲にわたり、説明書、特許書類、医薬関連文書、金融レポート、ニュース、マーケティング文書、企業の業務関連書類の翻訳など多岐にわたります。

業界や文書ごとに書式がある程度決まっており、上述の文芸や映像の翻訳と比べると機械に取って代わられる可能性が一番高い分野であります。

翻訳者の行方

さて、ここでタイトルに戻りましょう。「翻訳者がいなくなる」

冒頭部分で私は反論に賛成する形で「完全な訳文を完成させるには人間が不可欠」というようなことを書きました。それはここでも変わりません。ですが、重要なのは「大雑把な訳文なら機械でも書けるようになる(というかなってる)」ということです。

例えば、外国語原文を機械翻訳にかけて90%正しい翻訳が出たとしましょう。80%でも75%でも構いませんが。この場合、残りの10%の不正確な部分を人間が直すことになります。

はい、これは現在でも存在するプルーフリーダーまたはレビュアーと呼ばれるお仕事、つまり校正です。

機械翻訳は完璧にならない、しかし人間の翻訳者はじわじわと減っていくという私の推論は

「翻訳者が機械翻訳の校正者に代わっていく」

ということに他なりません。なお、このような仕事の形態は何年も前から既に出現しており、「ポストエディット」と呼ばれています。私もやったことが何度かあるのですが、原文と機械翻訳された訳文のセットを受け取って訳文を完全に仕上げるというお仕事です。私がやっていた頃はまだ機械翻訳の精度がいまいちで「こんなん自分で全部最初からやった方が速い」みたいな感じだったのですが、最近はどうなのでしょう。ちなみにレート(単価)は普通の翻訳より遥かに安いです。

機械の精度が上がっていくと、翻訳者の大半は失業するか、このポストエディターなる職業に鞍替えせざるを得なくなるかと思われます。

この流れが進んでいくと、一部の本当に実力のある翻訳者以外の産業翻訳者はかなり苦しい状況に追い込まれる可能性があります。

文脈を読めるようになりつつあるAI

少し前まで、私は「業界ごとにある程度テンプレが決まっている産業翻訳者は時間が経つにつれて機械に置き換えられていく可能性が高いけれど、文芸翻訳と映像翻訳はそこまで影響を受けないだろう」と思っていました。

が、これは颯爽と現れたChatGPTにより希望的観測に過ぎなくなりました。

私が文芸翻訳や映像翻訳が機械には無理だろうと思っていたのは、「機械には文脈が読めないから」という理由だったのですが、驚いたことにChatGPTは文脈をフツーに読みます。まだまだ間違ったことやインチキなことも平気で書きますし、人間と同レベルとは言い難い水準ではありますが、こんなに早い段階でここまでの精度で文脈を読めるようになるとは全く考えてもいませんでした。

最近のAIはCGも書けるしポエムも書けるし、リアルなフェイク動画も作れるしで、少し前まで一般的だった(と思う)「創造性が必要な仕事はAIには奪われない」という通説をあっさり覆してしまいました。最近の将棋界では、人間業とは思えないあまりにも独創的な手を打つとAIを使った不正を疑われるという話まで出てきていると聞いたことがあります。

ええ、もちろんまだまだAIは発展途上で、完璧とは言い難いです。翻訳者がいきなり消えてなくなるようなことも起きないでしょう。

しかしながら、5年10年というスパンで考えると最近の技術的進歩はとんでもない勢いであると言わざるを得ません。2000年と2010年、2010年と2020年、2020年と2023年で世の中はなんと変わってしまったことか。

現段階で「これは機械にはできない」と言われていても、それが10年後まで続いている保証はどこにもないのです。

そんなわけで、芸術分野まで進出しつつあるAIに対して「文芸翻訳や映像翻訳はお前には一生ムリ」と言い放つことは私にはできそうにありません。

機械翻訳の問題点

現状、機械翻訳の最大の問題点は翻訳精度云々ではなく、プライバシーや機密保持の方ではないかと私は考えています。

Google翻訳を使うと、普段はそんなに意識しない方も多いと思いますが、入力した文章はGoogleのサーバーに送られます。機密情報や個人情報とかを含む文章を入れると機密も個人情報も全部Googleのサーバーに送られます。

そんなわけで、業務上の重要書類等は機密保持契約を結んだ翻訳者に依頼するという形は変わらないかもしれません。ただ、これも技術的な進歩により解消される可能性がそれなりに高いのではないかと思います。

いずれにせよ、見られても困らないようなものは機械に置き換えられていくことに変わりはありません。例えば私は海外の製品マニュアルをよく訳しますが、この手のマニュアルは原文がオンラインでPDFファイルとして公開済みのことが多く、ネットにつながっていれば誰でもダウンロードして見られるので業務上知り得た機密でもなんでもなかったりします。オリジナルは公開済みだけど日本語版はまだないということで私のところに和訳の依頼が来るわけですが、機械にやらせて品質もプライバシーもほとんど何の問題もないとなればわざわざ高い金を払って私に依頼することもなくなるはずです。翻訳の絶対量は減り、残るものは大半がポストエディットということになる分野もあるでしょう。

まとめ

昨今は「無理」と思われていたことが何故か可能になってしまうということが往々にしてあります。そもそも200年前には飛行機とかインターネットとか言っても「ナニソレ(失笑」と言われて終わりだったはずですが、現代では実現しています。500年くらい前の時代のトルコ人に「オスマン帝国は滅んでカリフ制も消滅するんやで」とか言ったら命を狙われたかもしれません。

私自身は翻訳者が今すぐいらなくなるとかそこまでは考えていませんが、これからは技術の進歩が速すぎて想像以上に何でもありな世の中になる可能性が極めて高い以上、長期的に翻訳者という職業の需要が減少していくことは避けられないのではないかと思います。グローバル化で翻訳需要は増えているはずですが、クライアントがAI使ってほとんど全ての翻訳を済ませることができるようになったら人間翻訳者の需要は減る可能性が高いと思います。ポストエディターという職業は残るでしょうが、普通の翻訳者と比べると料金は安くなるので収入の減少は避けられない気がします。

そんなことを考えながらプログラマーに転職しようとここ数年プログラミングを学習していたのですが、どうもAIが生半可なプログラマーくらいは余裕でぶっ飛ばせるくらいプログラミングが出来るようになってきたとのことで、いやぁ今後私の人生どうなるんですかね(白目)

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